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北方領土問題の現状と歴史 2島返還で決着か?(北方領土論議)

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政治


2019.1.13(日)21:06投稿

 北方領土ほっぽうりょうど問題について日本はこれまでずっと、北方四島の帰属きぞくの問題を解決して,平和条約を締結ていけつする、との立場をとって来ました。
 その立場を変えたのではないか、と思える出来事できごとがありました。

※ 目次もくじ項目こうもくをクリック(タップ)すると、その項目にびます。

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北方領土問題の現状(げんじょう)、二島返還 ?

(1) 2018年11月14日(水) 北方ほっぽう領土問題に大きな進展しんてん(後退こうたいかも?)がありました。
 安部首相は外遊先がいゆうさきのシンガポールでロシアのプーチン大統領と会談かいだんしました。
 そこで、「平和条約を締結ていけつして、歯舞諸島はぼまいしょとう色丹島しこたんとうの二島を日本に引き渡す」とした、1956年(いっちゃんの生まれた年です)の日ソ共同宣言せんげん基礎きそに平和条約交渉こうしょうを加速させるよう提案ていあんして、プーチン大統領も同意したという事です。

※ 日ソ共同宣言についてはこちら。
※ 青い所をタップしてください。一旦記事タイトルが出てから、リンク先に飛ぶかもしれません。

 政府はこれまで一貫いっかんして「四島一括いっかつ返還へんかん」を主張して来たので、大きな政策せいさく転換てんかんです。四島返還を主張しても、全然進展しんてんしないのだからしかたないですね。

 安部首相は「戦後70年以上残されてきた課題かだいを、私とプーチン大統領の手で、必ずや終止符しゅうしふを打つ」と、強い意思を示しました。
 安部首相の任期にんき最長さいちょうで、あと3年じゃく(自民党総裁そうさいの任期が切れる2021年9月まで)。それまでに、平和条約締結ていけつ→歯舞諸島と色丹島の2島返還→残り2島は継続協議けいぞくきょうぎ、となるかどうか(継続協議とするのは、むずかしいでしょうが)?

 2019年の年明としあけには安倍首相のロシア訪問ほうもん、6月にはプーチン大統領の訪日ほうにちが予定されているので、それまでにどこまで進展しんてんするのか、注目ちゅうもくされます。

(2) プーチン大統領は会談の翌日よくじつ(11月15日)記者会見して、
 「日ソ共同宣言には2島を引き渡すとだけ書かれていて、どのような根拠こんきょで、どの国が主権しゅけんを持つのか書かれていない」と発言しました。引き渡しても、ロシアが主権をゆうする余地よちがあると言っています。こんな無茶むちゃな論理が通用するんですかね?
 強く出てその後譲歩じょうほすれば、少しでも自分の方に有利に持って行けると思っているのでしょうか? ロシア国内の世論よろんに、配慮はいりょしたのかも知れません。

※ この発言は、ロシア国内向けの発言だったようです。

 プーチン大統領は、また「日ソ共同宣言を履行りこうしなかったのは日本だ」と日本を批判ひはんしました。

 平和条約には、国境こっきょう確定かくてい不可欠ふかけつです。四島の主権がどちらにあるか、確定しなければなりません。残りの2島の主権を、たな上げにするのは無理でしょう(平和条約をむすばないなら、別ですが)?

 またプーチン大統領の言う、歯舞・色丹を事実上引き渡すが主権はロシアに、というのも日本は、到底とうていめないでしょう!四島の南に国境線を引く事になり、成果せいかゼロに近くなりますから。
 ロシアも日本と経済協力はしたいですから、0解答して交渉をぶちこわす事はしないでしょう?

 歯舞・色丹の主権は日本に、国後島くなしりとう択捉島えとろふとうの主権はロシアに帰属きぞくする、という結果になる可能性が高いと思います。

※ 北方領土問題については、以前にも少し書いています。

こちらの「いつやるの? 今でしょ!」です。

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 北方四島の概況(がいきょう)

1 歯舞はぼまい諸島 2 色丹しこたん島 3 国後くなしり島 4 択捉えとろふ島 

(1) 面積 四島全体で、5,003k㎡(千葉県や福岡県と同じくらい) その内、歯舞、色丹が合わせて346k㎡(全体の7%)
※ 2島合わせて7%しかないから、四島一括返還論が根強ねづよいのも分かる気がします。二島先行返還だと、(一旦いったん二島で決着するため)、93%ある残り二島が、返って来る可能性が低くなりますから。

(2) ロシア人の人口(2016年1月) 四島全体で1万7千人じゃく、その内、歯舞、色丹で3千人弱(歯舞のデータがないので、色丹島だけの人数です)

(3) 主要産業
 北方領土周辺しゅうへん水域すいいき親潮おやしお千島海流ちしまかいりゅう)と黒潮くろしお(日本海流)が交錯こうさくしているため,水産物すいさんぶつきわめて豊富ほうふです。

 古くから世界三大漁場ぎょじょうの一つにかぞえられています。そのため,戦前せんぜんは,この水域では日本の水産業すいさんぎょうさかんでした。また,林業りんぎょう魚類ぎょるい孵化事業ふかじぎょう鉱業こうぎょう畜産業ちくさんぎょうなども行われていました。

 現在は,漁業,水産加工かこう缶詰かんずめ製造業せいぞうぎょう等が行われている模様もようです。

(4)北方領土におけるロシア軍
旧ソ連時代の1978(昭和53)年以来,ロシアは,北方領土のうち国後島,択捉島と色丹島に地上軍部隊を再配備さいはいびしてきました。

 その規模きぼは,ピーク時にくら大幅おおはば縮小しゅくしょうしていると見られますが,現在も防御的ぼうぎょてき任務にんむを主体とする1個師団しだんが国後島と択捉島に駐留ちゅうりゅうしており,
 戦車せんしゃ装甲車そうこうしゃ,各種火砲かほう対空たいくうミサイルなどが配備はいびされています。(平成29年版「防衛ぼうえい白書はくしょ」より)

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北方領土問題の背景、沖縄方式

 ジャーナリストの須田慎一郎すだしんいちろうさんは、ラジオの生放送でロシアとの北方領土返還の交渉こうしょうについて解説しました。(2018年11月19日放送の、ニッポン放送「飯田浩司いいだこうじのOK! Cozyコージー upアップ!」)


左から、飯田アナ、新行しんぎょうアナ、須田さん(2018.11.5の写真)

 以下、須田さんの解説を紹介しょうかいします。

北方領土交渉~焦点は返還後の扱い

2018年11月14日(水)、安倍総理とロシアのプーチン大統領の首脳会談で、北方領土問題について、1956年の日ソ共同宣言を基礎に交渉を進めることで合意しました。

 合意したのは今後3年以内に日露にちろ両国が平和条約を締結ていけつすること。そして、2019年1月にも総理はロシアを訪問して、めの協議きょうぎを行うことです。

須田)北方領土問題は、表面的ひょうめんてきな協議と実質的じっしつてきな協議が大きく分かれていると思います。日本の大手メディアの報道ほうどうは、表面的な動きばかり報道していて、うらの実質的な報道が全然ぜんぜんできていないと思います。
 「いま日露交渉にちろこうしょうがどんな状況じょうきょうになっているのか」を結論けつろんから言うと、「返って来る北方領土についてどのようなあつかいをするか」が1つ大きな焦点しょうてんです。これは日本からの主張でもあり、それにロシアがるかどうかというポイントがありますが。

日本が主張する沖縄方式~返還前の沖縄同様「主権は日本・施政権はロシア」

須田)(日本の主張は)いわゆる「沖縄方式おきなわほうしき」とも呼ばれています。

飯田)1972年に沖縄は返還されましたが、それより前に近い状態に位置づけるかどうか、ということですか?

須田) 戦後の一定期間、主権しゅけんは日本にありましたが、施政権しせいけんはアメリカにありました。だから、米軍の駐留ちゅうりゅうみとめられました。

(それにならって)「主権は日本に戻ってくるが、一定期間のロシア軍駐留を認める。」ということです。これがいちばんのきもの主張です。

飯田)それは橋本総理が当時、ロシアのエリツィン大統領に対して静岡県伊東市川奈いとうしかわなで行った、政府は認めていない非公式ひこうしきなものですが、川奈提案ていあんの話とていますね。「国境線を北方四島の先に引いて、施政権に関してはロシアが一定程度ていど保持ほじする」ということです。

※ 川奈提案についてはこちら。

須田)もちろん、主権があるから日本との自由な往来おうらいは認める。そういう状況じょうきょうでどうだろうかと日本は安倍政権になってからあらためて提案していると思っていいですね。

(1)「沖縄方式」は、何年か前から日本が主張していたようです。その時は、四島一括返還が前提ぜんていでした。「四島返還+沖縄方式」ですね。それでも交渉が進展しんてんしなかったという事は、四島返還前提では、施政権をロシアに認めるといっても、交渉は成立しませんね。

 「二島返還+沖縄方式」なら、プーチン大統領の言う「二島は返還するが、主権などは交渉次第しだい」に近くなるので、交渉が成立する可能性は高いと思います。
しかし、それでは「二島返還-αマイナスアルファ」で、一方的なロシアの勝利という感じがいなめません。
 日本国内の世論を納得なっとくさせるのは、むづかしいでしょう。

 日本としては、施政権は別として、歯舞、色丹の主権はゆずれないですね(色丹島の北に国境線を引くという事です)。

(2) この「沖縄方式(限定主権げんていしゅけん)」とは、実際は「日本方式」の事。日本は米軍に対し「国土の自由使用」と「国外への自由出撃しゅつげき」を認めており、軍事主権はまだ返還されていない。
ー 矢部宏治さん(作家) ー

※ 矢部さんは、北方領土問題については、悲観的な見方みかたをしています(下は、2018年12月9日の記事です)。

それでも北方領土「二島」が返ってこない理由(矢部 宏治)
決してだまされてはいけない。これは選挙目当ての「やるやる詐欺」だ。最後は経済協力を食い逃げされるだけ――返還交渉の深層をえぐる!

 2018年11月の報道ステーションで、ロシアの学者が「限定主権という考えもある。沖縄方式だ」と述べていた。
つまり、日本は沖縄に米軍基地を置いた状態で「返還」としてしているんだから(アメリカが沖縄の軍事主権を持っているんだから)、ロシアも2島に基地を置いたまま引き渡せばいいと。
ー 盛田隆二さん(小説家) ー

※ 国後くなしり択捉えとろふと違って色丹しこたん島にはロシア軍は駐留ちゅうりゅうしないが、国境警備隊こっきょうけいびたいの大型基地がある。

軍の駐留に関してアメリカとも交渉を行う必要がある

須田) 実は日露交渉は、実質的には半分くらい、日米にちべい交渉だと思います。
 だから、当然とうぜん主権と施政権が返って来れば、日米安保条約に基づいて、(北方領土への)米軍駐留がある(アメリカが実際じっさいに行くかどうかはべつとして)。これは、ロシアにとってはこまります。
 その着地ちゃくちとしてのウルトラCが、先ほど申し上げている沖縄方式と考えていいと思います。

プーチン・トランプ両大統領と良好な関係の安倍総理だからこそ成り立つ交渉

須田)お互いの信頼関係がなければ、(ロシアに)「アメリカとは、ちゃんと話をしています」と言っても、いざふたけたら「何も話せていなかった」では困りますからね。だから、プーチン大統領とトランプ大統領の両方と相性あいしょうがいいと言われている安倍さんだからこそ、成り立つ交渉だと思います。

テンぱっている!

飯田)昨日のテレビの討論番組で、総理の任期にんきがあるから向こう3年という話に対して、「3年で終わらせるなんて、妥協だきょうがあるかもしれない。もっと長期ちょうきスパンで考えるべきだ!」と野党やとう批判ひはんしていたのですが、ぎゃくにケミストリー(化学、相性)で考えると、3年で終わらせなければ終わらない?

須田)というか、もうリーチの状況じょうきょうです。はいがあと1つでアガリの、ギリギリな状態です。野党の言うような、いま配牌はいぱいされている状況ではないですからね。

飯田)なるほど。これから始まるのではなく、もうまって来ている。

飯田浩司のOK! Cozy up!
FM93AM1242ニッポン放送 月-金 6:00-8:00

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北方領土についての議論 ー佐藤優さんの記事からー

 外務省出身の作家である佐藤優さとうまさるさんは、次のように述べています。


佐藤優さん 「東洋経済オンライン」から

 日ソ共同宣言は、平和条約ではなく、領土問題を先送さきおくりする形で、日ソ国交回復こっこうかいふく先行せんこうさせるものでした。その後も、日ロ平和条約をめぐっては、日本国内で、歯舞群島と色丹島の引き渡しを基本にするか、四島返還に固執こしゅうするかで、北方領土戦略せんりゃくについて対立が続いていた。

 この問題に安倍晋三あべしんぞう首相は終止符しゅうしふを打とうとしている。

2島先行返還論は非現実的!

 日本政府が2島先行せんこう返還に転換てんかんしたという見方みかたがあるが、それは間違まちがいだ。

2島先行返還とは、歯舞群島と色丹島をまず日本に返還し、中間ちゅうかん条約(例えば日ロ友好ゆうこう・協力条約)を締結ていけつし、その後、国後島と択捉島の帰属について協議し、これら二島の日本への帰属が確認されたところで、平和条約を締結するという考え方だ。
 2001年3月のイルクーツク日ロ首脳会談で日本が考えていたあんである。

※ イリクーツク首脳会談についてはこちら。

 しかし、プーチン大統領は、日本が国後島と択捉島を領土交渉の対象たいしょうふくめるなら、(北方領土問題の)交渉におうじないという態度たいどつらぬいている。

 従って、この案にプーチン大統領がる可能性はない。

 外交交渉は国力と国力の均衡点きんこうてんで決まる。
 2001年当時とうじと現在の日本とロシアの力関係を比較ひかくすると、相対的そうたいてきに日本が弱くロシアが強くなっている。このような状況で二島先行返還を主張するのは非現実的ひげんじつてきだ。

北方四島は、日本固有の領土か? サンフランシスコ平和条約

 北方四島が日本固有こゆうの領土であるという主張は、国際的には通用つうようしない。1951年のサンフランシスコ平和条約で日本は南樺太からふと千島列島ちしまれっとう放棄ほうきしたが、当時の日本政府は、放棄した千島列島に南千島(国後島と択捉島)が含まれるという立場たちばを取っていたからである。
(ソ連はサンフランシスコ平和条約に署名しょめいしなかったので、この条約に拘束こうそくされない。)

1951年9月サンフランシスコ平和条約において、
「日本は、千島列島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」としました。そして、全権代表であった吉田茂よしだしげる首相は署名前日、「国後・択捉は南千島」と述べている。日本がこれによって独立を獲得した、サンフランシスコ平和条約に従う限り、国際法的に国後・択捉を日本領と認める根拠はない。(孫崎享まごさきうける「世界と日本の正体」/評論家、元外務省国際情報局長)
 

 55~56年の日ソ国交回復交渉が始まってから、日本は放棄した千島列島に国後島と択捉島は含まれないという主張をし始めた。

四島一括返還論の背景と、ダレスの恫喝

 1945年8月に、ソ連は当時有効だった日ソ中立条約を無視むしして、日本との戦争を始めた。国民感情にらせば、国後島と択捉島を日本が要求するのは当然とうぜんだ。

 それにくわえ、日ソ国交回復交渉が行われた当時は東西冷戦下れいせんかだった。アメリカが沖縄と小笠原おがさわらの施政権を日本に返していない中で、ソ連が歯舞群島と色丹島の二島返還に応じたら、日本国内で親ソ感情が高まり、共産主義の影響力えいきょうりょくすかもしれない。だから、ソ連がわめない4島一括返還を主張したのだ。

 すでに東西冷戦が終結しゅうけつして四半世紀しはんせいき(25年)以上になる。そろそろ現実的な対応たいおうを取った方がいい。

※ 四島返還論には、そういう裏の事情があったんですね! だけど、わざと交渉が成立しない主張をするもんですかね?

 (1) 日ソ国交回復交渉で、重光葵しげみつまもる外相は交渉をまとめるため、国後・択捉をソ連領とすることを決意した(従来は四島返還論者)。そして、それを米国のダレス国務長官に説明すると、ダレスより「それをすれば沖縄を返さない」と言われる。これを「ダレスの恫喝どうかつ」という。それ以降、日本は四島一括返還を要求する立場をとる。(孫崎享「世界と日本の正体」/評論家、元外務省国際情報局長)

(2) 1955~1956年に日ソ国交回復交渉が行われました。

 そして、1956年8月19日、重光葵外相はロンドンの米国大使館を訪れ、ダレス米国務長官に、日ソ交渉の経過を説明しました。その際、歯舞群島、色丹島を日本に引き渡し、国後島、択捉島をソ連に帰属させるというソ連案を示しました。

 それに対し、ダレスは激しく反発しました。ダレス長官は、「千島列島(国後、択捉)をソ連に帰属させるということは、サンフランシスコ条約でも決っていない。
 したがって日本がこの案を受け入れるのは、ソ連に対しサンフランシスコ条約以上のことを認めることになる。このような場合、同条約第26条により、アメリカも沖縄の併合を主張しうる地位にたつ。ソ連のいい分は全く理不尽である」と言ったのです。これはダレス長官の個人的発言ではなく、アメリカの国家意思に基づくものです。

 サンフランシスコ平和条約第26条には、次の記述があります。
「日本国が、いずれかの国との間で、この条約で定めるところよりも大きな利益をその国に与える平和処理又は戦争請求権処理を行つたときは、これと同一の利益は、この条約の当事国にも及ぼさなければならない。」
 

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2島返還論のメリット(2島返還+α)

2島返還論のメリットについては、別記事にしました。下のリンクをタップしてください。

北方領土 2島返還のメリット (2島返還+α) 
1 歯舞群島はぼまいぐんとう 2 色丹島しこたんとう 3 国後島くなしりとう 4 択捉島えとろふとう 2019.1.14(月)22:00 投稿  2018年11月14日の日ロ首脳会談で、安部首相とロシアのプーチン大統領は、195...
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2島返還への政府の姿勢と、今後の見通し ー佐藤優さんの論述ー

 佐藤優さんは、また次のようにも言っています。

(1) 今回注目すべきは、秋葉剛男あきばたけお 事務次官が同席どうせきしていること。今までになかった事。外務省もこの二島返還+αで全力をげてやろうとしている。
 その意味では、杉山さん時代にはなかった事が起きているわけだから、今度の事務次官は本気ほんきだわ、これは。

 外務省は命懸いのちがけでやってる。国策こくさくも変更になる訳で、安部政権も、もし国民が反発するんだったらこれで政権が終わるかもしれないけど、それと引き換えでもいいからと考えている。

 というのは、今、中国、韓国、北朝鮮が、これだけ力を付けて来て、連携れんけいしている。アメリカもアジアから引いて来ている。

 この状況じょうきょうで、ロシアと連携してカウンターバランス取らないと、日本の国益こくえきにならない。そこのところを、安部さんわかってるんですよ。これは、やっぱり5年やってるって事で、日本が今、追い込まれている事を解ってる。
 (ジリジリ後退こうたいしてるんだけど、)どこで防衛線ぼうえいせんを強化するかって事を考えている。そこで、態勢固たいせいがためをするって事を一所懸命いっしょけんめいにやってる。

 安部政権は、今、非常ひじょう現実主義的げんじつしゅぎてきになってますね。

(2) 今年(2019年)の1月に、安部さんがロシアに行って基本的な方向が決まり、6月の終わりにG20ジーツエンティで、プーチンさんが来日する。その時に、もしかして平和条約が調印ちょういんされるかもしれない。

 そして解散総選挙かいさんそうせんきょで、民意みんいう(二島返還は国策変更だから、民意を問わなければならない)。そして、国会批准ひじゅん

 それくらいのペースでいくから、もう今年の終わりか来年には、北方四島に簡単かんたんに行けるようになっている、かもれない。

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北方領土問題に暗雲?

 安倍首相は今年(2019年)1月4日の年頭ねんとう会見で「北方領土には多数のロシア人が住んでいる。住民の方々かたがたに、日本に帰属きぞくが変わるということについて納得なっとく、理解をしていただくことも必要です」と語っていた。この発言がプーチン政権の逆鱗げきりんれたようです。

 モルグロフ外務次官は、9日に上月豊久・駐ロ大使をロシア外務省に呼び出し、北方領土交渉についての安倍首相の発言について、「1956年の日ソ共同宣言を基礎に平和条約を加速するとの日ロ首脳の合意の本質をゆがめ、両国の世論をミスリードするものだ」と抗議しました。

 「ロシアにすれば、仮に北方領土の帰属が変わろうと、住民の『理解をる』のは、自国の役目やくめということ。日本政府が言うべき問題ではなく、安倍首相の発言は『内政干渉ないせいかんしょうにあたる暴走ぼうそうだ』とプーチン政権は受け止めたのです」(筑波大教授・中村逸郎氏=ロシア政治)

※ まだ、二島の返還が決まってないのに、安部首相の発言は、もう返還が決まったような言い方ととらえられたのかも知れませんね。

 ここに来て、日本への牽制が相次いでいる。この事につき、ジャーナリストの須田慎一郎さんは、2019年1月14日のラジオ生放送「OKコージーアップ」の中で、「牽制が相次いでいるという事は、むしろ交渉が具体的になって来ていると思います。入り口の所で全く交渉に応じないとか、決裂していると言うのでなく、交渉が進みつつあって、最終的な結論、北方領土問題と平和条約締結という点では、前進しているのではないか。」と言っています。

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 北方領土問題の歴史的経緯(けいい)

 北方四島は我が国固有こゆうの領土で、一度も外国の領土になった事がない、というのが外務省の見解けんかいです。

 以下、現在までの歴史的経緯けいいを、外務省のホームページの内容ないようを中心に、べます。

第2次世界大戦以前

・日本はロシアより先に北方領土を発見して、19世紀初めには四島を実効じっこう支配しました。

・1855年2月7日(安政元年あんせいがんねん12月21日)日魯通好条約にちろつうこうじょうやく(下田しもだ条約)にいて、日露にちろ両国は自然に成立していた択捉島とウルップ島の間の国境こっきょうを、そのまま確認かくにんしました。

 北方四島が日本の領土である事を、ロシアも認めたわけです。

第2次世界大戦と領土問題の発生

・1945年8月14日、日本はポツダム宣言を受諾じゅだくしましたが、
 ソ連はその直前の8月9日、当時有効であった日ソ中立条約を無視して対日参戦たいにちさんせんして、北方四島を不法ふほう占拠せんきょしました。

 ソ連は日本がポツダム宣言を受諾じゅだくした後の1945年8月28日から9月5日までの間に北方四島のすべてを占領せんりょうしました。
 当時四島にはソ連人は一人もおらず、日本人は四島全体で約1万7千人が住んでいましたが、ソ連は1946年に四島を一方的いっぽうてき自国領じこくりょうに「編入へんにゅう」し、1848年までにすべての日本人を強制退去きょうせいたいきょさせました。

 それ以降いこう今日こんにちいたるまでソ連、ロシアによる不法占拠が続いています。

ポツダム宣言せんげん(英: Potsdam Declarationデクラレイション)は、1945年(昭和20年)7月26日にアメリカ、イギリス、中華民国ちゅうかみんこくから日本に対して発せられた、全13か条からる宣言です。正式には日本への降伏こうふく要求の最終宣言(Proclamation Defining Terms for Japanese Surrender)です。

 ポツダム宣言は、日本の主権が本州、北海道、九州、四国と、連合国の決定する諸島に限定されるむね規定しています。

 他の国が降伏した後も交戦を続けていた日本は、1945年8月14日にこの宣言を受諾じゅだくし、このことはよく8月15日(終戦記念日)に国民に発表されました(玉音ぎょくおん放送)。

 9月2日、東京湾内わんない停泊ていはくする米戦艦べいせんかんミズーリの甲板かんぱんで、日本代表と連合各国かっこく代表が、宣言の条項じょうこう誠実せいじつ履行りこう等を定めた降伏こうふく文書(休戦協定きゅうせんきょうてい)に調印ちょういんしました。

 これにより、第二次世界大戦(太平洋たいへいよう戦争)は終結しゅうけつしました。

 ソビエト連邦れんぽうは後からくわわり追認ついにんしました。

ーウィキペディアよりー

・1951年9月サンフランシスコ平和条約にいて、日本は樺太からふとの一部と千島列島ちしまれっとうに対する権利を放棄ほうきしました。

サンフランシスコ平和条約については、こちらも

日露間の平和条約締結交渉

1955年から1956年にかけて、日ソ国交回復交渉が行われました。
日ソ国交回復交渉(ダレスの恫喝)については、こちら

・日ソ共同宣言(1956年、鳩山一郎首相、ブルガーニン首相署名)

・1956年10月、日ソ両国りょうこくは、歯舞群島はぼまいぐんとう色丹島しこたんとうのぞいては、領土問題につき意見が一致いっちしなかったが、平和条約へいわじょうやくえて、戦争状態じょうたい終了しゅうりょう、外交関係の回復かいふく等を定めた日ソ共同宣言に署名しょめいしました。

 1956年10月にモスクワで、鳩山一郎はとやまいちろう首相ときゅうソ連のブルガーニン首相が、日ソ共同宣言に署名。
 
 第2次世界大戦であらそった両国の戦争状態じょうたい終結しゅうけつし、国交こっこう回復かいふくしました。

 日ロ両国の国会で批准ひじゅんされた唯一ゆいいつ法的文書ほうてきぶんしょで、条約と同等どうとう効力こうりょくを持ちます。

 国交回復後に「(1) 平和条約締結交渉ていけつこうしょう継続けいぞくし、(2) 平和条約締結後に、歯舞群島はぼまいぐんとう色丹島しこたんとうを日本にわたすことに同意どういした」こと明記めいきされていますが、国後くなしり択捉えとろふ両島りょうとうあつかいについてはれられていません。

 日ソ共同宣言は、プーチン氏も法的有効性ほうてきゆうこうせいを認めています。ただ国後、択捉両島の扱いには触れておらず、ロシアがわはこれを根拠こんきょに「領土交渉の対象外たいしょうがい」との立場たちばくずしていません。

 日ソ共同宣言を領土交渉の基礎きそとした場合、事実上の国後、択捉両島の返還断念だんねんにつながる懸念けねんがあります。

※ 安部首相が、昨年11月14日(水)の会談で、持ち出したのが、この「日ソ共同宣言」です。

・田中総理ほうソ(1973年)
1973年の田中角栄総理の訪ソの時、ブレジネフ書記長は、北方四島の問題が戦後未解決の諸問題しょもんだいの中にふくまれることを口頭こうとうで確認。

 それにもかかわらず、その後ソ連は長い間「領土問題は存在そんざいしない」との態度たいどを取って来ました。

・ゴルバチョフ大統領の訪日ほうにち(1991年4月)
 1991年4月にゴルバチョフ大統領が訪日したさい、日ソ共同声明において、ソ連側は、四島の名前を具体的ぐたいてきに書き、領土画定かくていの問題を初めて文書ぶんしょで認めました。

・1991年8月、保守派ほしゅはによるクーデタ未遂みすい事件が発生。12月ソ連邦は崩壊ほうかいしました。

・1992年 (北方領土への)ビザなし交流開始こうりゅうかいし以降いこう毎夏まいか数往復すうおうふくずつ実施じっし

・エリツィン大統領の訪日、東京宣言(1993年10月、細川首相、エリツィン大統領)

・1993年10月 東京宣言(細川護熙ほそかわもりひろ首相、エリツィン大統領署名しょめい

 四島名を列挙れっきょし、帰属問題を解決かいけつすることにより「平和条約を早期そうきに締結するよう交渉継続こうしょうけいぞく」。

(1)東京宣言(第2項)において、
(イ)領土問題を、北方四島の帰属に関する問題であると位置付いちづけ、
(ロ)四島の帰属の問題を解決かいけつして平和条約を締結し、両国関係を完全に正常化せいじょうかする
との手順てじゅんが、明確化めいかくかされました。

(2)また、東京宣言は、日本とソ連との間のすべての条約その他の国際約束こくさいやくそくがロシアとの間で引き続き適用てきようされることを確認。
(エリツィン大統領は記者会見で、日露間で有効ゆうこうな国際約束に1956年の日ソ共同宣言も含まれると発言しました。)

・クラスノヤルスク首脳会談(1997年11月)
クラスノヤルスク合意(橋本龍太郎首相、エリツィン大統領)
「東京宣言にもとづき、2000年までに平和条約を締結するよう全力をくす。」

・川奈首脳会談、川奈提案(1998年4月、橋本首相、エリツィン大統領)

・1998年4月、川奈首脳会談において、日本側が、四島の北に境界線を引くが、当面はロシアの施政を認めることを提案。

合意内容
「平和条約が、東京宣言第2項に基づき四島の帰属の問題を解決することを内容とし、21世紀に向けての日露の友好協力に関する原則等をり込むものとなるべきこと。」

 川奈かわな首脳会談では、日本側は「択捉島とウルップ島の間に、国境線を引くことを平和条約で合意し、政府間合意までの間はロシアの四島施政権を合法と認める案」を非公式に提案(川奈提案)。

※ 川奈提案は、沖縄方式に似ています。
 
沖縄方式についてはこちら。

小渕おぶち総理の訪露(1998年11月)
モスクワ宣言において、
-東京宣言、クラスノヤルスク合意及び川奈合意を再確認。
-国境画定かくてい委員会及び共同経済活動委員会の設置せっち指示しじ

 この日露首脳会談で、ロシア側は「国境線確定を先送さきおくりして平和友好協力条約を先にむすび、別途べっと条約で国境線に関する条約を結ぶ案」が非公式に提案された(モスクワ提案)。

プーチン大統領時代

・プーチン大統領の訪日(2000年9月)
(1)「平和条約問題に関する日本国総理大臣及びロシア連邦大統領の声明せいめい」において、
-これまでのすべての諸合意しょごうい立脚りっきゃくして、四島の帰属の問題を解決かいけつすることにより平和条約を策定さくていするため交渉こうしょう継続けいぞくすることー
を確認。
(2)プーチン大統領が「56年宣言は有効であると考える」と発言。
また、プーチン大統領は、「川奈提案はロシア側の考えとは完全に一致いっちしない」とも発言している。

・イルクーツク首脳会談(2001年3月)

イルクーツク声明(森喜朗もりよしろう首相、プーチン大統領)
(1)56年日ソ共同宣言を交渉プロセスの出発点と位置づけ、その法的有効性を文書で確認。
(2)その上で、東京宣言に基づいて四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結ていけつするとの日露共通の認識にんしきを再確認。

※ この時、日本が考えていたのは、2島先行返還論です。

2島先行返還論については、こちら。

・小泉総理の訪露ほうろ(2003年1月)
日ロ行動計画(小泉純一郎首相、プーチン大統領)
経済協力を確認。

(1)共同声明において、両首脳りょうしゅのうの間で、四島の帰属の問題を解決し、平和条約を可能な限り早期に締結し、もって両国関係を完全に正常化すべきとの「決意」を確認した。
(2)「日露行動計画」において、56年日ソ共同宣言、93年東京宣言、2001年イルクーツク声明の3文書が具体的に列挙れっきょされ、その他の諸合意しょごういあわせ、今後の平和条約交渉の基礎とされた。

・安倍総理の訪露(2013年4月)
(1)戦後67年をて日露間で平和条約が存在しないことはおかしいとの認識にんしき共有きょうゆうし,双方の立場のへだたりを克服こくふくして,2003年の共同声明及び行動計画において確認された、四島の帰属の問題を最終的に解決することにより、平和条約を締結するとの決意を表明した。
(2)平和条約問題の双方に受入れ可能な解決さくを作成する交渉を加速化させるとの指示しじを両国外務省にあたえることで一致いっちした。

・安倍総理のソチ非公式ひこうしき訪問(2016年5月)
 これまでの交渉の停滞ていたい打破だはし,突破口とっぱこうを開くため,双方に受入れ可能な解決策の作成に向け,今までの発想はっそうにとらわれない「新しいアプローチ」で,交渉を精力的せいりょくてきに進めていくとの認識を共有した。

・2016年12月 プーチン大統領来日
 北方四島での共同経済活動の協議きょうぎ入りで合意。

・2018年9月12日「東方とうほう経済フォーラム」
2018年9月12日、ロシアのプーチン大統領は、安倍晋三首相も参加してウラジオストクで開かれた「東方経済フォーラム」に出席しました。その全体会合ぜんたいかいごうで司会者の質問におうじる形で、日本とロシアの平和条約について「年末までにいかなる前提ぜんてい条件もなしで締結しよう」と提案しました。北方領土問題を事実上棚上たなあげして、平和条約締結を先行させようとの提案です(「いつやるの? 今でしょ!」の中で、れています)。

「いつやるの? 今でしょ!」はこちらです。

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